行事カレンダー
西念寺で行われる様々な催事について
2018.10.29 納骨堂の見学。気軽にどうぞ。いつでもどうぞ。
納骨堂の見学。気軽にどなた様もどうぞ。
最近やたらと「墓じまい」という言葉が聞こえてきます。
実際神戸市が管理する墓園、墓地でも随分と空きが多くなりました。
一昔前まではお墓を求める方が多すぎて、抽選販売をしていたこともありました。
神戸市の場合、割合どの墓園も山の中や山付近にあり、車がないとお墓参り自体、
困難です。まして足腰に負担もかかります。タクシーで行けば済む話ですが、なんせ
山の中。タクシー代も大変な金額です。そんなことも理由の1つかもしれません。
駅に近く、お参りしやすい場所がいいとのことでよく納骨堂の見学に来られます。
西念寺納骨堂は朝7時頃~夕方17時まで毎日、いつでもお参りができます。
雨風に曝されることもなく、西念寺が管理しております。
納骨堂をお探しの方ありましたら、どうぞ遠慮なく見学しに来てください。
後悔することのない納骨堂を選ぶ1つのとらえ方は、様々な納骨堂をみてまわることのように思います。
気軽にどうぞ。
2018.10.17 永代供養って?その④
浄土真宗では、亡くなった人が、いいところに生まれますように、というような行いを供養とは考えません。もともと供養という概念がないのです。
お葬式をするとこと、法事をすること、ご命日のお参りをすること、お念仏を称えること、合掌すること、よろこぶこと、悲しむこと、泣くとこと、大笑いすること、などなど言い出せばきりがありませんがこれらすべて供養と言うことであります。
亡き方のご縁を無駄にせず、今、お参りするあなたこそ阿弥陀さまのたからです。
私たちは阿弥陀さまの教えに出会うご縁を賜りました。そして、故人や私たちを救ってくださる阿弥陀さまに感謝申し上げいくことが大事です。
したがって、亡くなった方の為、というよりも私たちが仏法に触れるためのご縁こそ浄土真宗の供養です。「あなたはたから」です。そのように阿弥陀さまはおっしゃいます。
2018.10.15 永代供養って?その③
よくわからん。と聞こえてきます。じゃ結局、浄土真宗における、供養とは何っていわれそうです。
浄土真宗にとって大切な1つに、亡くなった方を偲ぶという行為と共に、
それを「偲ぶあなた」こそ大切だよーと教えてくださるのが阿弥陀さまです。またまたよくわかりませんね。
ひと言で言えば、今ここで生きている(生かされている)あなたこそ主人公ということです。
何の主人公かと言えば阿弥陀さまのあなたを必ず護っているぞー。支えているぞー。
いついつまでも見離すことはないぞーと喚び続けてくださっています。
つまり阿弥陀さまの主人公はあなたなのです。阿弥陀さまからのいのちを賜り、
そのいのちを生かす自分自身の主人子でもあり、阿弥陀さまから見たら、
主人公どころか「あなたはたから」そのものなのです。 ~つづく~
2018.10.10 永代供養って? その②
前回の続きです。永代供養って?
浄土真宗の場合、阿弥陀さまの本願力(他力)によって凡夫の私(人間)が救われ、真実の世界、極楽浄土で生まれさせてもらうわけですから、永代供養をわざわざ行う必要性がないということです。
その証として、永代供養をする必要がないため、お墓に永代供養のたびに立てる卒塔婆というものも、浄土真宗のお墓ではまずありません。
ただし永代供養とは言いませんが永代経や永代祠堂経(しどうきょう)と申し、故人の命日ごとに永代に経を読むことは行います。しかし、ただ読むというわけではありません。お経を読むことで仏さまとのご縁を繋ぐのです。今まであまり仏教に縁の無かった人が、大切な故人をご縁として、仏法に触れる機会に会わせてもらうのです。仏法を聞くところがお寺であります。ただ亡くなった故人ではなく、大切な故人をご縁として、阿弥陀さまのご縁に出遇うことを願うことこそ本来の永代経でしょう。またまたですが長くなりますので次回に持ち越します。
2018.10.09 永代供養って?
永代供養って?
お尋ねいただくことがしばしばあります。それが永代供養や墓じまい、納骨に関することです。よく永代供養はいつ行うんですか、墓じまいはいつ頃やるのがいいのでしょうか、納骨堂の供養はやってもらえますか、これらの費用はいくらですか、等々です。
まず誤解がないようにお伝えしときます。これ大切なことです。
「浄土真宗では永代供養と言わない」のが本来です。供養はダメです。供養はしません。と言っているのではありません。「永代供養」という呼び方はしないのです。
永代供養(追善供養)という言葉が一人歩きしているようにも思います。永代供養とは亡くなった人が「いいところに行けるように」と冥福を祈り家族、親族(親類)が行う行為でしょう。しかし浄土真宗のみ教えは、「かならず阿弥陀さまの本願力によって極楽浄土へ救うぞー。お浄土へ連れて行くぞー」というお誓いです。
つまり世間で言っている永代供養という場合、亡くなった方がお浄土に行っていないことになります。長くなりますのでまた次回に持ち越します。

