行事カレンダー
西念寺で行われる様々な催事について
2018.10.25 ただただむずかしい。副住職の無稽独語
木曜日はわがままを記す副住職の無稽独語。
昨日、本堂のお花、お仏華を立てました。ご本山、西本願寺のお仏華を一手に担う花新の水本会長のお話。
仏華と生花(いけばな)の違いは、仏華は生花の立華をもとにして今の形になりました。
しかし、動きや間、空間を大切にする生花と違って、仏華は左右の調和、全体の重量感、安定感を大事にします。
生花は動きがあり、仏華は動きが少なくどっしりとしている違いですね。
またお花自体が主役の生花に対して、仏華はあくまでもご本尊の中心としたお荘厳の一部とのことでした。
仏華も生花も難しいですね。けども楽しくもあり楽しみでもあるお仏華です。
2018.10.19 お供えの尊さ。これはこれでいい。
今日のご命日で伺ったご門徒さん家のお仏壇(お内仏)。
お参りをしながらふと阿弥陀さまの方を向くと、阿弥陀さまの前のお仏飯。
大きい!ほんとうに大きい。これお茶碗ですね。祥月命日とのことで
赤飯をお供えしましたよーとお家の方が教えてくれました。
すると大きいお仏飯の後ろに影が見えるんです。正座してお参りを
しているので何が置いてあるのかわからないのです。
お参り中、気になって気になって。
お参りを終え、確認すると親鸞さまの銅像でした。
この親鸞さま。親鸞さま650回忌のときのだそうです。
阿弥陀堂と御影堂がひとつになっていたお仏壇。
いいか、わるいか、だけではなく阿弥陀さまと親鸞さまに
お供えする気持ち、これはこれでいいなーと大切なことを教えられました。
2018.10.18 なんかいいんです。ご法義だなーと。副住職の無稽独語
副住職がわがままを記してます。 今回は長い文章です。トホホ。
この歌ご法義だなーと感じます。なんかいいんです。歌詞の中に「全てに寄り添う事は出来ないけれど」とあります。
親鸞さま750回忌の年、東日本大震災が起こりました。このとき「常に寄り添い」という表現がおおく聞こえてきましたが、
なんとなくこの表現はただの格好つけだなーと感じていました。人間のいう「常に寄り添う」というのは不可能です。
都合により寄り添うときもあれば寄り添えないときもある、のが事実です。それなのに言葉だけで示すのもいかがなものかと…。
大手のハウスメーカーがCMでも流していたこの歌。ほんとうにご法義です。
その曲とは平井堅さんの「桔梗が丘」。平井さんの故郷である三重県名張市の桔梗が丘。
ミュージック・ビデオには平井さんの母親も登場し、親子初共演を果たしているのです。
ミュージック・ビデオ監督の本郷伸明さんは平井さんの本当のご実家でのお母様との食事シーン。
アーティストである前に1人の息子として、母子に漂う優しくも愛おしい姿が撮れたと思っています、
と言われています。つまり平井さんとって桔梗が丘こそ故郷そのものなのです。歌詞です。
桔梗が丘
「ただいま」の声が小さい時は 心配で仕方が無いんだけど
丸くなった背中に手をあてて 出来るだけ優しい声で言おう「おかえり」
あなたが何かに傷ついた時 変わってあげられない歯がゆさは
それを乗り越えた時の笑顔を 見つめた時に 私の誇りになるから
夢中なものは変わるけど 夢中になる気持ちは変わらないで
その瞳に映るもの全てに 寄り添う事は出来ないけれど
冷たい雨が 頬切る風が あなたの心を砕くかもしれない
負けないように 取り戻せる様に ここだけはあたためておこう
鍵をかけたドア越しにこぼれる あなたの泣き声をただ聞いてた
忘れないで何かに勝つ時は 負ける人の涙がある事を いつでも
正直言うと私だって 胸を張れるような大人じゃなくて
声を上げて苛立ちをぶつける 夜もあった本当にごめんね
いつかあなたが 扉を開けて 自分の空を翔く日が来ても
羽根を休める場所になるため ここだけはあたためていよう
冷たい雨が 頬切る風が あなたの心を砕くかもしれない
負けないように 取り戻せる様に ここだけはあたためておこう
ここだけはあたためておこう

