浄土真宗本願寺派 瑞光山 西念寺

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行事カレンダー

西念寺で行われる様々な催事について

2018.10.31 11月のことば(掲示伝道)

今朝は随分と冷えこみました。10月も今日で終わり。
11月の掲示伝道です。
「渋柿の 渋がそのまま 甘みかな」
誰の言葉かは存じませんが。
子どもの頃、何も知らず柿を枝からとって食べたことがありました。
その柿は渋柿。勢いよく食べたものの口の中はえぐみで。うひゃーです。
うがいをしても歯みがきしても、えぐみがとれません。
口の中が気持ち悪いので母に話すと大笑いしたことを覚えています。

渋柿の渋が抜かれて甘みになるのではなく、渋柿が乾されることで
渋自体が、お日さまや風の縁によってそのまま甘みとなります。
渋が渋ければ渋いほど、甘みも増していくそうです。
私は煩悩を無くしたり減らしたりすることはできません。
もしかしたら減るどころか増えているかもしれません。
しかし阿弥陀さまという仏さまとご縁をいただくと、
見え方、捉え方がかわりました。
どうか変わるかというと、仏さまのお話しを聞きにきてください。
聞くことをお聴聞といいます。11月は17.18日と法要があります。
はじめての方も、ぜひ仏さまのお話しをお聴聞しにきてください。

2018.10.29 納骨堂の見学。気軽にどうぞ。いつでもどうぞ。

納骨堂の見学。気軽にどなた様もどうぞ。

最近やたらと「墓じまい」という言葉が聞こえてきます。

実際神戸市が管理する墓園、墓地でも随分と空きが多くなりました。

一昔前まではお墓を求める方が多すぎて、抽選販売をしていたこともありました。

神戸市の場合、割合どの墓園も山の中や山付近にあり、車がないとお墓参り自体、

困難です。まして足腰に負担もかかります。タクシーで行けば済む話ですが、なんせ

山の中。タクシー代も大変な金額です。そんなことも理由の1つかもしれません。

駅に近く、お参りしやすい場所がいいとのことでよく納骨堂の見学に来られます。

西念寺納骨堂は朝7時頃~夕方17時まで毎日、いつでもお参りができます。

雨風に曝されることもなく、西念寺が管理しております。

納骨堂をお探しの方ありましたら、どうぞ遠慮なく見学しに来てください。

後悔することのない納骨堂を選ぶ1つのとらえ方は、様々な納骨堂をみてまわることのように思います。

気軽にどうぞ。

2018.10.25 ただただむずかしい。副住職の無稽独語

木曜日はわがままを記す副住職の無稽独語。

昨日、本堂のお花、お仏華を立てました。ご本山、西本願寺のお仏華を一手に担う花新の水本会長のお話。

仏華と生花(いけばな)の違いは、仏華は生花の立華をもとにして今の形になりました。

しかし、動きや間、空間を大切にする生花と違って、仏華は左右の調和、全体の重量感、安定感を大事にします。

生花は動きがあり、仏華は動きが少なくどっしりとしている違いですね。

またお花自体が主役の生花に対して、仏華はあくまでもご本尊の中心としたお荘厳の一部とのことでした。

仏華も生花も難しいですね。けども楽しくもあり楽しみでもあるお仏華です。

2018.10.24 「お寺をあじわう」 お寺にカモン~!

 来月11月11日(日)14時より西念寺本堂で「お寺をあじわう」を行います。

今回は「お寺にカモン!」と題して、腕輪念珠を作ります。参加費は500円です。

自分で作った腕輪念珠は、買ったものより想いも、愛着もでます。

家族や友人にプレゼントするのもいいですね。はじめての方の腕輪念珠作り。

夢中になれて楽しいひとときをご一緒しませんか?

どなた様もお気軽にお越しください。

※お家にある、壊れたり紐が切れたお念珠(数珠)の修理も可能です。

遠慮なくお持ちください。また処分したいお念珠(数珠)がありましたらお持ちください。

皆さんもお越しをお待ちしております。

2018.10.23 「お寺をあじわう」 お寺にカモン~!

来月11月11日(日)14時より西念寺本堂で「お寺をあじわう」を行います。

今回は「お寺にカモン!」と題して、腕輪念珠を作ります。参加費は500円です。

自分で作った腕輪念珠は、買ったものより想いも、愛着もでます。

家族や友人にプレゼントするのもいいですね。はじめての方の腕輪念珠作り。

夢中になれて楽しいひとときをご一緒しませんか?

どなた様もお気軽にお越しください。

※お家にある、壊れたり紐が切れたお念珠(数珠)の修理も可能です。

遠慮なくお持ちください。また処分したいお念珠(数珠)もお持ちください。

皆さんもお越しをお待ちしております。

2018.10.22 浄土真宗での弔電・弔辞

浄土真宗での弔電・弔辞の注意点。

電話帳やインターネットで弔電を調べると多くの文例がでてきます。

この定型文には注意が必要です。浄土真宗にはふさわしくない文例も数多くあります。

代表的なものを挙げてみます。。

●ふさわしくない言葉         ◎浄土真宗の用語

① 天国           →→→→ お浄土極楽浄土・み仏の国
②草葉の陰で      →→→→ お浄土で
③永眠する       →→→→ 往生する・お浄土へ還る
④御霊前・みたま    →→→→ 御仏前
⑤祈る         →→→→ 願う・念ずる
⑥冥福を祈る      →→→→ 哀悼の意を表する・故人を偲びます
⑦安らかにお眠り下さい →→→→ お浄土よりお導きください

それぞれに浄土真宗の教えに適したふさわしい言葉の使い方があります。

浄土真宗にとりまして単なる言葉の間違いではなく1つ1つの言葉を慎重に

そして大切に味わいながら使わせていただきたいものです。

弔電、弔辞では先方様にも大変失礼になりますので充分に注意と心がけが大切です。

 

最新版の「浄土真宗での弔電・弔辞」は下記ブログになります。
浄土真宗での弔電・弔辞 文例集

2018.10.19 お供えの尊さ。これはこれでいい。

今日のご命日で伺ったご門徒さん家のお仏壇(お内仏)。

お参りをしながらふと阿弥陀さまの方を向くと、阿弥陀さまの前のお仏飯。

大きい!ほんとうに大きい。これお茶碗ですね。祥月命日とのことで

赤飯をお供えしましたよーとお家の方が教えてくれました。

すると大きいお仏飯の後ろに影が見えるんです。正座してお参りを

しているので何が置いてあるのかわからないのです。

お参り中、気になって気になって。

お参りを終え、確認すると親鸞さまの銅像でした。

この親鸞さま。親鸞さま650回忌のときのだそうです。

阿弥陀堂と御影堂がひとつになっていたお仏壇。

いいか、わるいか、だけではなく阿弥陀さまと親鸞さまに

お供えする気持ち、これはこれでいいなーと大切なことを教えられました。

2018.10.18 なんかいいんです。ご法義だなーと。副住職の無稽独語

副住職がわがままを記してます。 今回は長い文章です。トホホ。

この歌ご法義だなーと感じます。なんかいいんです。歌詞の中に「全てに寄り添う事は出来ないけれど」とあります。

親鸞さま750回忌の年、東日本大震災が起こりました。このとき「常に寄り添い」という表現がおおく聞こえてきましたが、

なんとなくこの表現はただの格好つけだなーと感じていました。人間のいう「常に寄り添う」というのは不可能です。

都合により寄り添うときもあれば寄り添えないときもある、のが事実です。それなのに言葉だけで示すのもいかがなものかと…。

大手のハウスメーカーがCMでも流していたこの歌。ほんとうにご法義です。

その曲とは平井堅さんの「桔梗が丘」。平井さんの故郷である三重県名張市の桔梗が丘。

ミュージック・ビデオには平井さんの母親も登場し、親子初共演を果たしているのです。

ミュージック・ビデオ監督の本郷伸明さんは平井さんの本当のご実家でのお母様との食事シーン。

アーティストである前に1人の息子として、母子に漂う優しくも愛おしい姿が撮れたと思っています、

と言われています。つまり平井さんとって桔梗が丘こそ故郷そのものなのです。歌詞です。

 桔梗が丘
「ただいま」の声が小さい時は 心配で仕方が無いんだけど
丸くなった背中に手をあてて 出来るだけ優しい声で言おう「おかえり」
あなたが何かに傷ついた時 変わってあげられない歯がゆさは
それを乗り越えた時の笑顔を 見つめた時に 私の誇りになるから
夢中なものは変わるけど 夢中になる気持ちは変わらないで
その瞳に映るもの全てに 寄り添う事は出来ないけれど
冷たい雨が 頬切る風が あなたの心を砕くかもしれない
負けないように 取り戻せる様に ここだけはあたためておこう

鍵をかけたドア越しにこぼれる あなたの泣き声をただ聞いてた
忘れないで何かに勝つ時は 負ける人の涙がある事を いつでも
正直言うと私だって 胸を張れるような大人じゃなくて
声を上げて苛立ちをぶつける 夜もあった本当にごめんね
いつかあなたが 扉を開けて 自分の空を翔く日が来ても
羽根を休める場所になるため ここだけはあたためていよう
冷たい雨が 頬切る風が あなたの心を砕くかもしれない
負けないように 取り戻せる様に ここだけはあたためておこう
 ここだけはあたためておこう

2018.10.17 永代供養って?その④

浄土真宗では、亡くなった人が、いいところに生まれますように、というような行いを供養とは考えません。もともと供養という概念がないのです。

お葬式をするとこと、法事をすること、ご命日のお参りをすること、お念仏を称えること、合掌すること、よろこぶこと、悲しむこと、泣くとこと、大笑いすること、などなど言い出せばきりがありませんがこれらすべて供養と言うことであります。
亡き方のご縁を無駄にせず、今、お参りするあなたこそ阿弥陀さまのたからです。
私たちは阿弥陀さまの教えに出会うご縁を賜りました。そして、故人や私たちを救ってくださる阿弥陀さまに感謝申し上げいくことが大事です。
したがって、亡くなった方の為、というよりも私たちが仏法に触れるためのご縁こそ浄土真宗の供養です。「あなたはたから」です。そのように阿弥陀さまはおっしゃいます。

2018.10.15 永代供養って?その③

よくわからん。と聞こえてきます。じゃ結局、浄土真宗における、供養とは何っていわれそうです。

浄土真宗にとって大切な1つに、亡くなった方を偲ぶという行為と共に、

それを「偲ぶあなた」こそ大切だよーと教えてくださるのが阿弥陀さまです。またまたよくわかりませんね。

ひと言で言えば、今ここで生きている(生かされている)あなたこそ主人公ということです。

何の主人公かと言えば阿弥陀さまのあなたを必ず護っているぞー。支えているぞー。

いついつまでも見離すことはないぞーと喚び続けてくださっています。

つまり阿弥陀さまの主人公はあなたなのです。阿弥陀さまからのいのちを賜り、

そのいのちを生かす自分自身の主人子でもあり、阿弥陀さまから見たら、

主人公どころか「あなたはたから」そのものなのです。   ~つづく~