浄土真宗本願寺派 瑞光山 西念寺

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行事カレンダー

西念寺で行われる様々な催事について

2020.06.30 30日の言葉

死から逃れて
迷う人あり
死を見つめて
目覚める人あり

「死」のことはタブーのようで話題すらなりません。そうです。死を語ったとこで解決方法がでないのです。だから語るのもヤメにしようとなるのです。タブーを訳すると禁忌、つまり「してはいけないこと」となります。
しかし「死」のことを語らず、考えず遠くに追いのいても死はきます。必ずきます。だから大切なのです。人間の頭ではどれだけ学んでもどれだけ閃いても、寿命は延びても死から免れることはできません。生まれた時点で致死率100%なのです。そんないのちを賜りながら今生きているのが私のいのちです。
死=苦悩。苦しんでいく為に生まれたのではありません。そんな悩み苦しむ私がいるからこそ、その悩みを抱きとって必ず安心できる世界に連れてゆくぞーと立ち上がってくださった仏さまが阿弥陀さまです。
それでもみんな悩むのです。苦しむのです。その心を慈しんでくださり、安心して生きて行けないわが身に、いつでもどこまでもご一緒くださる唯一の仏さま。その仏さまこそ阿弥陀さまでありました。

2020.06.29 29日の言葉

「おかげさま」と
言える人生に
孤独はない

美しい日本語のひとつに数えられる「おかげさま」という言葉。「おかげ」でも充分に言葉の響きが美しいものですが、それに「さま」をつける「おかげさま」。
お世話になったり何気ないことでも会話の中で「おかげさま」でという言葉が入ると、なんだか優しいような、柔らかいような響きになります。
1人で生きていくことのできない人生。どんなに辛く悲しい人生であろうと「おかげさま」といえる人生には孤独も孤立もありません。
孤独と感じているときこそ、あなたを常に支えまします阿弥陀さまがご一緒です。
いのちのバトンを受け継いだ今あるいのち。様々な支えと共に生かされています。

2020.06.28 28日の言葉

自分が今
生きているのは
先祖が自分の中に
生きているからだ

ジメジメした天気が続いております。神戸もコロナウイルスが落ち着いたひとときのためか、今週はお参りの方が多くみえました。有難いことです。
おじいちゃんもおばあちゃんも先だった全ての方が私の中に生きてくださいます。
先祖というと難しい言葉かと思われますが、先だった大切な方々。そのなかの1人でも欠けると今の私はありません。いのちのバトンを今受け継いで生かされている尊きいのちです。決して1人で生きているのではありません。多くのご縁によって今日もこのいのちが支えられています。まことに有難いことです。
先立たれた大切な方を思い出すひとときとなれば幸甚に存じます。

2020.06.27 27日の言葉

耳は
だまっているくせに
聞いている
自分のウソを
聞いている

このような言葉があります。
「口は一つに耳二つ。少し話して多く聞くため」や「口は災いの元」。
人ってよくお喋りするんです。特に女性は男性に比べてお喋りが好きなようです。
トラブルが発生すると後々「言い過ぎた」「あの一言は言わなければよかった」等、後悔したり反省したりする事があります。発するときは夢中ですので感情むき出しのまま言葉を投げかけます。けども後悔も反省もするんですが、相手に向かって「ごめん」「申し訳ありません」という言葉が出にくいのもまつ事実です。
さて口は様々な事を発しますが、聞く方の耳は黙って聞いてます。どんな事を言っても、ただただ黙って。
自分の耳、自分自身にはウソがない方がいいです。誰も自分を信じてくれなくても、自分が自分を信じてやったらいいのです。自分自身にはウソがないような生き方をしたいものです。

2020.06.26 26日の言葉

やりなおしのきかない
誰にもかわって
もらうことのできない
今日一日

1日24時間。一瞬たりとも今という時は2度とありません。時間もいのちもそうです。
誰にもかわってもらうことのできない「尊き今」と「尊きいのち」です。

歌手のかりゆし58さんの「オワリはじまり」という曲をご存知ですか?
今という1日を精一杯生きようと伝えてくださる歌のように思います。
少し長いですが歌詞を載せます。

 ~オワリはじまり~
もうすぐ今日が終わる やり残したことはないかい
親友と語り合ったかい 燃えるような恋をしたかい
一生忘れないような出来事に出会えたかい
 かけがえのない時間を胸に刻み込んだかい

夕飯時 町 人いきれ「ただいま」と「おかえり」の色
せわしない 木漏れ日 花びら「おはよう」と「さよなら」の音
ありふれた日々が 君や僕の胸に積もって光る

 もうすぐ今日が終わる やり残したことはないかい
親友と語り合ったかい 燃えるような恋をしたかい
一生忘れないような出来事に出会えたかい
 かけがえのない時間を胸に刻み込んだかい

今 動き始めたものや もう二度と動かないもの
今 灯り出した光や 静かに消えていく光
この夜の向こうで 新しい朝が世界に降り始めている

旅立ちの時はいつだって少し怖いけど
 これも希望のかたちだってちゃんと分かってる
思い出に変わるのはきっと最後の最後さ
笑って「さよなら」を言えたらいいな

 またすぐ明日に変わる 忘れてしまっていないかい
残された日々の短さ 過ぎ行く時の早さを
一生なんて一瞬さ 命を燃やしてるかい
 かけがえのない時間を胸に刻み込んだかい

 もうすぐ今日が終わる もうすぐ今日が終わる
 かけがえのない時間を胸に刻み込んだかい 

1度聞いてくださればうれしく存じます。

2020.06.25 25日の言葉

人は浄土を求めて
地獄に走り
仏は地獄を見せて
浄土に導く

ことわざに「 嘘も方便」とあります。仏が衆生済度にあたっては、方便として嘘をつくこともある、ということから、大きな善行の前では、偽りも認められるということ。とあります。嘘というと少しきつい言葉ですが、嘘を手段にかえると伝わりやすいと思います。家が火事のとき子どもが家の中のおもちゃでんでいます。それも夢中で遊んでいます。
お父さんもお母さんも子どもの名前を必死になって呼びますが、子どもは見向きもしません。どんどん火の手は強まります。子どもを外に出すにはどうしたらいいのか?
そんなとき、子どもに「外に来たらもっとおもしろい大きなおもちゃがあるから今すぐおいでー」と呼びます。家の中で夢中だった子どもですが、その言葉を聞くと子どもは一目散に外へ出てきたというお話しがあります。
これは子どもを例えにしたお話しですが私たち人間は皆同じような状態です。
夢中になると大人も子どもも関係ありません。よい、悪いの判断が鈍るのです。
鈍っている私たちだからこそ仏さまが手段として様々に教えてくださるすがたが仏教です。

2020.06.24 24日の言葉

1つの言葉でけんかして
1つの言葉で仲なおり
1つの言葉によろこんで
1つの言葉に泣かされた
1つの言葉はそれぞれに
1つの心を持っている

言葉は支えにもなれば暴力にもなる。人を傷つける場合、ほとんどが言葉と言われます。
言葉を間違うと凶器にもなります。傷つけようと思わず投げかけた言葉で相手を傷つけることもあるでしょう。言葉は「生きもの」です。                                
大切に発すれば温かく柔らかく、支えでもありやる気でもでます。
相手のことをしっかりと熟知した上で発する言葉は美しいそのものです。
今日の1日。言葉を大切に発してみませんか。相手に対しても大切ですが、発しているわが身の心にもその言葉がちゃんと響いてきます。

2020.06.23 23日の言葉

はだかにて
生まれてきたに
何不足

この言葉は俳人、小林一茶の句です。小林一茶は浄土真宗の門徒でありありました。
3歳の時母が亡くなりました。一茶の良き理解者であった祖母は14歳の時亡くなります。また結婚されてからも長男、長女、次男、3男と次々と生まれますが皆夭折し、大変ご苦労であったことが窺えます。
そのような苦のなかにありながら数多くの句を残されました。
「はだかにて生まれてきたに何不足」まさに我が子が産まれて直ぐにいのち終えていかなければならない諸行無常の厳しさを痛感された言葉と思われます。また一茶の句は様々な生きものにも示されています。
「雀の子 そこのけそこのけ お馬が通る」という句や「やれ打つな 蝿が手をすり 足をする」という句も優しい一茶の人柄が伝わってきます。
このいのち授かり、今あるいのちの尊さ。はだかにて生まれてわが身。不足を嘆くのではなく今あるものを喜ばしてもらえたらいいですね。

2020.06.22 22日の言葉

晴れの日は枝が伸びる
雨の日は根が伸びる

先日うちの小っこい庭に竹が顔を出していました。ほんの10センチ弱です。
細い細いその竹は雨のたびに伸びていきます。たった3日ほどで私の背丈を超し、
2メートルほどなりました。
「雨後の筍」という言葉がありますが意味違いなのでそれにはあたりません。しかし余りにも成長の早さに驚いた事です。
シドニーオリンピック女子マラソン金メダル、Qちゃんの愛称こと高橋尚子さんの言葉です。「何も咲かない寒い日は下へ下へと根を伸ばせ。やがて大きな花が咲く」。
目に見えて伸びる枝も太陽など様々な条件のおかげで伸びます。
目には見えない根ですが、枝が伸びると同様、根が伸びているからこそ枝が伸びるのです。
根のない枝はあり得ません。やはり根という見えない支えがありそのおかげで、力強く枝が伸びていけるのです。人生も根底という根の大切さを教えられます。

2020.06.21 21日の言葉

「変わってるね?」
「誰と比べて?」

いつでもどこでも誰にでも自分が中心なんです。人間って。
意見が対立したり、自分とは違う考えをしている人を「変わっている」「偏屈」等といいます。つまり自分は「まとも」と思っています。これこそ最も危ない考えです。
自分では「まとも」ですが、他人からすると、それは「偏屈」かもしれません。
正しい、まとも、と言う考え方は自分だけに当てはめた捉え方です。
他人からすると「自分のまとも」は、ただの迷惑なのかもしれません。
お寺の掲示板に掲げた言葉があります。
「仏の願いはそのまま  私の願いはわがまま」 
どこまでいっても愚かなまんまなわが身です。